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8月8日 高梁川の河本ダム+呉の野呂川ダムの現地調査

小田川を調査した翌日、高梁川本川を河口から新見市の河本ダムまで、洪水痕跡を見ながらさかのぼりました。高梁川が支流の成羽川(上流に発電用の新成羽ダムがある)との合流するすぐ下流の、備中広瀬駅周辺が、国道が2m~3m程度浸水していて驚きました。大きな看板も押し流されて倒れていました。

↑備中広瀬駅周辺

報道プライムサンデー 2018/7/15(日)放送 「もう放流はしないでくれ」水没の街にみたダム行政の”限界”、という番組で、高梁市の浸水は上流の河本ダムの放流が原因ではないのか、との報道があり、気になっていたのですが、高梁市より上流の本川は、国道が水没した痕跡は確認できませんでした。

河本ダム直下の高梁川支流沿いの家屋なども浸水した痕跡は確認できず、河本ダムよりは成羽川の増水が高梁川本川の増水につながったのではないか、と感じました。新成羽ダムの放流を検証する必要があると思います。合流点から成羽川方面は残念ながら見る時間がありませんでした。

↑河本ダム直下流

その後、広島県呉市の「流入量より多く放流した」との報道もあった野呂川ダムを見に行きました。野呂川ダムを見て驚いたのが、ダムの上流も下流も、至る所土砂崩壊で、ダムへの道は上流も下流も何か所も寸断され、被災後1か月たってようやく通れるようになったばかりという状況でした。崩壊しているのは「まさ土」で、乾くとカチカチになり、ホコリになると粉みたいな小さな粒子が舞い上がり、すごいものでした。

↑野呂川ダム上流の土砂崩壊現場

ダム事務所にいた人は多分ずっと何日も帰れなかったでしょう。電話線とかも大丈夫だったのかなという感じで、ダム操作以前に、これでは連絡することも難しかったのではと思いました。ダム本体の数十メートル上流(右岸)も土砂崩壊していました。

↑野呂川ダム本体と土砂崩壊現場

野呂川ダム直下流の集落の人に話を聞きましたが、「ダムが危ない」という知り合いからの電話で自分は避難したが、避難しなかった人も多かった、とのことでした。しかし、集落にある野呂川の橋を濁流は越えなかったようでしたから、「野呂川ダムの放流が被害を拡大した」ということではないのかな?という感想です。それ以前に、土砂崩壊のひどさに驚愕です。

↑野呂川ダム直下流の集落の橋

野呂川河口部の呉市安浦町は、街中が床上浸水状態で、それはひどいものでした。ここは何本も小規模の川が海に注いでいますが、川の増水と、吉浦町周辺の土砂崩れが原因なのかな、と思いました。(おわり)

↑呉市安浦町

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8月7日 小田川決壊(倉敷市真備町)の現地調査

8月7日、西日本豪雨で堤防が決壊して51名の方々が亡くなられた倉敷市真備町の小田川の現地調査に同行することができました。

↑小田川浸水図と調査ポイント

まず、高梁川・小田川の合流点の近くの真備グランド前【地点①】です。国交省は、小田川の氾濫は高梁川の水位が高く、小田川の水が吐けなくなったために起こり、高梁川から小田川に逆流したからではないと説明。その証拠に、小田川の河川敷の木が上流側に倒れていないと説明しましたが、木が倒れるほどの流速はなくても、逆流は起こるはずです。

地元住民の方は、「ここの河原は今回の水害時は樹木で覆われていて、それが洪水の流下を妨げた」と訴えました。国交省は、洪水後に河川敷の樹木を大急ぎで伐採した場所で説明していたのです。河川敷の樹木が洪水と関係ないのなら、大急ぎで伐採する必要があるのでしょうか。これでは、証拠隠滅を図ったと言われても仕方がないと思います。

洪水時、小田川の河川敷は堤防よりも高い樹木でぎっしりとおおわれ、洪水の流れを阻害していました。住民は対策を何度も求めていたにもかかわらず、全く手つかずの状態だったそうです。洪水の後、河川敷の樹木伐採と土砂除去が急ピッチで進められています。河川を堤防で囲めば土砂が堆積するので、それを撤去するのは当然です。河川管理で最も大切なことがなされていなかったわけです。

↑伐採作業前の小田川河川敷(箭田橋上流)

次に、末政川(小田川の支流)の堤防決壊現場【地点②】です。末政川の両岸の堤防が決壊し、仮復旧が終わっていました。当局の説明では、越流により決壊したということでしたが、付近の住民の方の証言を聞くと、末政川の堤防右岸の住宅地の水位が(上流の小田川の決壊により?)上昇し、それが末政川に流れ込んで堤防が壊れたと、動画を見せながら説明してくれました。

次の、高馬川(小田川の支流)と小田川の合流部の堤防決壊現場【地点③】(3k400)では、合流部の高馬川橋梁の直下流の小田川左岸の堤防が、100mにわたり決壊していました。合流部の高馬川の両岸も破堤していましたが、小田川の水が高梁川にはけきれないのと同じで、高馬川の水が小田川にはけきれないために起きた破堤だと思われます。また、大熊孝氏のその後の調査で、小田川支流の堤防上端の高さが小田川の堤防上端の高さより低かったことが分かりました。高馬川の堤防は小田川と同じ高さにしなければ意味がありません。以下は推測ですが、①小田川があふれる前に高馬川があふれ、堤防が決壊した。②高馬川の決壊で小田川の水が激しく高馬川に逆流し、その後の小田川の大決壊につながった、とも考えられます。今後の検証が必要です。

次に、真備町尾崎の堤防決壊現場【地点④】(6k400)です。ここも、内山谷川という支流との合流部の下流側の小田川の堤防が50mにわたり破堤していました。

↑破堤位置図(国交資料)です。

●小田川・高梁川改修の経緯と今後の改修計画
国交省の河川整備計画によると、明治時代まで高梁川は小田川合流部付近で2つに分かれ、西側の分流に小田川が合流していました。これを明治40年に始まる河川改修で高梁川を1本にまとめ、小田川は東側の分流に合流させ、現在に至っています。

↑明治30年の小田川・高梁川合流点付近(大熊孝氏提供)

↑小田川・高梁川付け替え計画(国交省資料)

現在の小田川は、洪水時に高梁川の合流点水位が高いことから、高梁川の水が小田川に回り込み、小田川の流れが阻害され、小田川の水位が高くなる特性を持っています。このため合流点付近の真備地区では、過去何度も浸水被害を受けてきました。

そこで、小田川が高梁川と合流する位置を現在より約4.6km下流に付け替え、洪水時の水位を大幅に低下させる工事が、今秋より予定されていました。それは、小田川を明治の改修以前の西側の分流に戻す計画で、河川整備計画によるとピーク時の小田川の水位は約5m低下し、今回の被害は防げたと考えられます。

この合流部の付け替え計画は50年も前から存在していたにもかかわらず、またその用地の大半は買収の必要のない貯水池等であったのに、なぜ現在まで着工に至らなかったのでしょうか。

1968年、旧建設省は高梁川総合開発事業(柳井原堰建設)の構想を発表しました。水島コンビナート等の水源開発のために、小田川付け替え完了後の合流部付近に堰を建設する事業で、1997年に国交省は事業に着手しました。

↑柳井原堰予定地(東洋経済記事より)

ところが、水需要の低下などを理由に2002年、国交省は高梁川総合開発事業の中止を決定。小田川の治水対策は事実上振り出しに戻りました。

その後、2007年に小田川付け替えを含む河川整備基本方針が、2010年には具体的な河川整備計画が策定され、2014年にようやく国交省の予算がついたものの、この間、小田川の治水工事は部分的に細々と行われるだけでした。今秋から始まる抜本的な工事の直前に、今回の豪雨が襲ったのです。

今回の災害直後から、国交省は急ピッチで小田川の河川敷の樹木伐採や土砂撤去を行っています。一度災害が発生すると対策が急速に進むことは、裏を返せば災害が起こるまで対策は進まないことを意味します。

●まとめ
①小田川流域は過去に何度も浸水被害を受け、今回の被災は十分想定されていたものではなかったのか。また、1989年の高梁川水系工事実施基本計画に小田川・高梁川合流部の付け替え計画は位置づけられていたにもかかわらず、高梁川総合開発事業があったためか手付かずの状態だった。利水計画と切り離し、付替え工事を先行させることはできなかったのか。
②合流部の付け替え工事とは別に、河川敷の樹木の伐採やたまった土砂の撤去、小田川支流の堤防整備等はできたはずである。できる対策から先行して進める、つまり防災対策は優先順位を常に考える必要がある。

【おわり】

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8月5日 立野ダム本体起工式への抗議集会に150名が参加

8月5日の国交省による立野ダム本体起工式に対し、会場ゲート付近で抗議集会を行いました。約150名の住民が参加しました。

抗議集会での声明文「立野ダムで災害が発生した場合、国交省は国家賠償法に従い責任を取ること」と同じ内容の申し入れ書を、8月4日に国土交通大臣、国土交通省九州地方整備局長、国土交通省立野ダム工事事務所長、熊本県知事あてに内容証明で郵送しました。以下、九地整局長あての内容証明です。

【内容証明】立野ダム申入れ文2018.8.4

立野ダムの危険性について、国交省は「回答せず」「説明せず」の姿勢を貫き通してきました。立野ダムが建設され、完成後に立野ダムによる災害が発生した場合、十分に想定されていた災害であるので、国交省は国家賠償法第2条に従い責任を取るべきです。

私たちは白川流域の安全を守る立場から、災害をひき起こすことが十分に想定される立野ダム建設にこれからも断固反対します。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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8月5日の立野ダム本体起工式に対し抗議集会を開きます

8月5日の立野ダム本体工事起工式に対し抗議集会を行います。是非ご参加ください。

●日時:8月5日(日)午前9:30~

●場所:立野ダム本体起工式 会場ゲート付近(立野ダム展望台近く)→「立野ダム展望台」で検索してください

以下、抗議集会での声明文「立野ダムで災害が発生した場合、国交省は国家賠償法に従い責任を取ること」です。

声明文2018.8.5

同様の申し入れ書を、8月4日に国土交通大臣、国土交通省九州地方整備局長、国土交通省立野ダム工事事務所長、熊本県知事あてに内容証明で郵送します。

申入れ文2018.8.4

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7月24日、集会宣言を国土交通省に提出

7月24日に、7月22日の集会宣言「住民への説明がない中での立野ダム本体建設工事着工に断固反対する」を国土交通省立野ダム工事事務所に提出しました。相変わらず、事務系の職員が文書を受け取るだけで、これまでの質問にも一切答えないままでした。国土交通省が立野ダム建設を「住民のため、未来のために」と考えているのならば、堂々と説明したり、質問に答えたりすればいいものの。一切しない(できない)ということは、住民のためにも、未来のためにもならないことを、国土交通省が認識しているからではないでしょうか。

当日の新聞記事です。

提出した文書です。

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7月22日 九州北部豪雨6周年「立野ダムと白川の安全を考えるシンポジウム」

7月22日の九州北部豪雨6周年「立野ダムと白川の安全を考えるシンポジウム」では230名の参加者を得ることができました。ご参加いただきました皆様、ご協力いただきました皆様、ありがとうございました。大熊先生の講演も素晴らしかったです。

以下、現地からの報告と、大熊先生講演のプレゼン資料(PDFファイル)と写真、当日講演の動画、熊本日日新聞記事です。参加できなかった方は、ぜひ下記動画で大熊先生の講演をお聞きください!

現地からの報告20180722

大熊先生基調講演20180722

動画のURLは次の5つに分かれています。
1.開会あいさつ 鎌田 聡氏(ダムによらない治水・利水を考える県議の会)

2.現地からの報告 緒方 紀郎氏(立野ダムによらない自然と生活を守る会)

3.講演 大熊 孝氏(新潟大学名誉教授)

4.討論 大熊 孝氏、松本 久氏(阿蘇の自然まもり隊)、金田 俊二氏(白川の安全と立野ダムを考える大津町民の会)、中島 康氏(立野ダムによらない自然と生活を守る会)

5.集会宣言アピールと閉会あいさつ 緒方 恭子氏(白川の治水を考える中央区民の会)、山部 ひろし氏(立野ダムによらない白川の治水を考える熊本市議の会)

会場でいただきましたカンパは、83,755円でした。今後の活動費として大切に使わせていただきます。ありがとうございました。

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7月22日(日)18:30九州北部豪雨6周年シンポジウムで大熊孝先生講演

新潟大学名誉教授(河川工学・土木史)の大熊孝先生をお招きし、立野ダム建設と白川の安全、そして日本人の伝統的自然観と治水のあり方について考えたいと思います。今回の西日本豪雨についても検証します。どなたでも参加できます。是非ご参加ください。まわりの方に参加を呼び掛けてください!
■九州北部豪雨6周年「立野ダムと白川の安全を考えるシンポジウム」
●日時  7月22日(日)18:30
●場所 熊本市中央区・パレアホール(鶴屋東館10階)
●講演 「日本人の伝統的自然観と治水のあり方」講師:大熊 孝氏(新潟大学名誉教授 河川工学)
●講師 大熊 孝(おおくま たかし)氏 新潟市潟環境研究所所長・水野駅ビュー福島潟名誉館長・NPO法人新潟水辺の会顧問・新潟大学名誉教授 1942年台北生まれ、千葉育ち、新潟市在住、東京大学工学部土木工学科卒、工学博士、専門は河川工学・土木史 自然と人の関係、川と人の関係を地域住民の立場を尊重しながら研究している。

20180722チラシ表面

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7月14日 白川改修現地見学会

7月14日、「白川の安全と立野ダムを考える東区流域住民の会」(準備会)が、白川改修現地見学会を行いました。猛暑のなか15名が参加。6年前の九州北部豪雨で被災した白川の熊本県管理区間の、未来大橋から陳内4丁目までの7地点を調査しました。緒方紀郎さんが、県が開示した資料に基づいて各地点ごとに説明しました。被害が甚大だった龍田陳内4丁目では、白川の流下能力が改修前は毎秒1873㎥だったのが改修後は2863㎥と、河川改修で大幅に流量が増えているのをはじめ、各地点とも大幅に流量が増え、平成24年の九州北部豪雨クラスの大洪水でも白川はあふれないことが、現地を見て一層明らかになりました。

にもかかわらず、先日の新聞報道を見ると、住民の多くはまだ白川はあふれるのではないかと不安に思っています。今では十分な余裕をもって流せるようになっているのに、行政はなぜそのことを住民に説明しないのでしょうか。それは、河川改修で十分安全になったことが明らかになれば、「立野ダムはいらないじゃないか」ということになるからです。見学会を主催した「東区の会」の小手川宏明さんは、「国や県が、住民への十分な説明会をしないまま、立野ダム本体着工をするのは許せない」と語り、7月22日にパレアホールで開かれるシンポジウムへの参加を訴えました。以下、見学会の参加者に配布した資料、当日の写真、毎日新聞の記事です。

白川改修現地見学会資料2018.7.14

 

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ダム放流で洪水水位が急上昇したことがよくわかるグラフ

今回の西日本豪雨では、愛媛県・肱川の国土交通省の野村ダム、鹿野川ダムの放流がダム下流域の被害を大きく拡大しました。
そのことに関し、京都大防災研究所の中北英一教授(水文気象学)は、「上流からの流れをダムで調整し、下流に流しているので、ダムがなければもっと大量の水が下流に流れ、大きな被害が出ていたのは間違いない」と話しています。(朝日新聞2018年7月11日)
しかし、野村ダム、鹿野川ダムの流入量と放流量のグラフ(横軸を24時間)を見ると、野村ダムは、ダム流入量が300㎥/秒から1400㎥/秒まで約4時間半で上昇しているのに対して、放流量はたった数十分で1000㎥/秒も増加している時間帯もあります。
※ダムがない場合、「ダム流入量」がそのまま下流の流量となります。
鹿野川ダムは、ダム流入量が600㎥/秒から3500㎥/秒まで約5時間で上昇しているのに対して、放流量はたった数十分で1500㎥/秒も増加している時間帯もあります。
今回の場合、ダムがなければ、流量の上昇が4~5時間あって避難できたのに、ダム放流でダム下流の洪水流量の上昇時間が短縮され、短時間で洪水水位が急上昇するため、避難が非常に困難な状況になったのです。
一方、国土交通省四国地方整備局は11日に記者会見し、野村ダムと鹿野川ダムの放流操作について「適切だった」と説明。鹿野川ダムは、安全とされる基準の6倍に当たる最大毎秒約3700トンを放流したのに、「想定外の雨量だった」と説明。「操作規則に基づき対処した」ので適切だったそうです。つまり、想定外の雨量ではダムには洪水を防ぐ効果がない、ということです。
以上の通り、ダムによる治水は、想定外の降雨の場合は満水となり洪水調節能力を失うばかりか、放流量を急激に増やしてダム下流の洪水水位を急上昇させ、住民を危機に陥れるものです。
なお、各ダムの諸元は次の通りです。
野村ダム  総貯水容量1,600万㎥、洪水調節容量350万㎥、集水面積168㎢
鹿野川ダム 総貯水容量4,820万㎥、洪水調節容量1,650万㎥、集水面積513㎢
立野ダム  総貯水容量約1,000万㎥、洪水調節容量約940万㎥、集水面積383㎢
※グラフ作成:水源開発問題全国連絡会 嶋津 暉之氏
※水源開発問題全国連絡会ホームページを参照しました。

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愛媛県肱川上流・野村ダムと鹿野川ダムの緊急放流

愛媛県の大洲市では、肱川があふれて甚大な被害が出ています。南海放送によると、肱川の増水は「一瞬に」「みるみると」「ダムの放水でこんなになった」「午前7時に、肱川上流の野村ダムからの放流量が4倍になった」等と報道されています。下の写真(住民の証言)の出典は南海放送です。2枚目写真の奥に見える放流しているダムは、野村ダムの下流にある鹿野川ダムです。

大洲市の住民の方のコメントは、球磨川上流の市房ダムが緊急放流したときの、ダム下流の人吉市などの住民の証言と一緒です。それに対し国交省は「満水になるまでダムは頑張って水位を下げた」とか言っていましたが、肝心な時に洪水調節できなくなるからダム下流では一気に洪水の水位が上がるのです。

肱川上流には、野村ダムと鹿野川ダムという2つのダムがあります。水源連の嶋津さんが作成された、今回の豪雨時の2つのダムの流入量と放流量のグラフを添付します。洪水のピーク時に流入量をそのまま放流しており、両ダムが洪水調節機能を全く失ってしまったことが分かります。

今回の西日本豪雨でいえることをまとめると、
①甚大な被害の元凶は、土砂災害と流木災害、堤防の決壊である。
②今後最も対策が必要なことは、土砂災害対策と流木対策(森林の保全)、堤防の強化である。
③ダムは想定以上の洪水の場合は満水になり、ダムへの流入量をそのまま下流に流すしかなくなり、洪水調節できなくなる。
④「想定外」が想定外でなくなり、「〇〇年に一度」という計画規模があてにならなくなった近年の状況では、ダムは洪水調節で有効な選択肢どころか危険である。

それでも国交省は立野ダムをつくるのでしょうか。

今回の豪雨災害もふくめ報道を見て残念なのが、なぜ土砂災害が起きたのか、なぜ堤防が決壊したのか、なぜダムが放流したのか、掘り下げた報道が非常に少ないことです。河川等の情報を行政が独占しているからとも言えますが、気づいた人が発信していくしかありませんね。

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